在外日本関連コレクション 博覧会/博物館 調査研究 

在外日本関連コレクションの調査・研究報告 https://researchmap.jp/mamiko

在外日本関連書籍・文書① キリスト教関係  

 いわゆる「開国」以前の欧米における日本関連書籍は、主に来日した人による紀行文、日本滞在時の体験と、経験をもとにした日本論などがあり、さらにはそれを元として、もしくは引用して記述した著作があります。

 

 まず、キリスト教、主にイエズス会の宣教師による日本における伝道と、それを目的とした滞在時の出来事を記した書簡(本国、もしくはイエズス会本部に送る)、日記などです。例えば、フランシスコ・ザビエルの書簡、ルイス・フロイスなどの宣教師による書簡、報告書、自ら体験をまとめた著作、などがあります。さらに、日本でキリスト教への弾圧がすすむと信仰を棄てなかった信者たちは殉教者とされ、来日した修道士のなかには列聖のために殉教についてローマに詳細な報告が送られた。当時のイエズス会士の日本通信は、ラテン語スペイン語ポルトガル語などで書かれていたが。遅くとも1570年代以降にはドイツ語の翻訳本や紹介文が本格的に出版されるようになっていた

 

日本関連で実際の日本人が渡欧した記録として古く、かつ広範囲にわたり記録がのこされた事象は、天正遣欧使節、そして慶長遣欧使節でしょう。

 現地では、スペイン国王フェリペ2世トスカーナ大公フランチェスコ1世、ローマでは、教皇グレゴリウス13世に謁見しローマ市民権を与えられ、さらには新教皇シクトゥス5世にも謁見しており、その道中や謁見についてなど彼らの一挙手一投足が現地では記録され、絵画に残され、遠く離れた地でもその様子が公布されたりしました。

 

日本関連で実際の日本人が渡欧した記録として古く、かつ広範囲にわたり記録がのこされた事象は、天正遣欧使節、そして慶長遣欧使節でしょう。

 現地では、スペイン国王フェリペ2世トスカーナ大公フランチェスコ1世、ローマでは、教皇グレゴリウス13世に謁見しローマ市民権を与えられ、さらには新教皇シクトゥス5世にも謁見しており、その道中や謁見についてなど彼らの一挙手一投足が現地では記録され、絵画に残され、遠く離れた地でもその様子が公布されたりしました。

1585年にはドイツ語圏を含むヨーロッパ各地で天正遣欧使節に関する報告書や単発新聞が印刷され、日本ブームが巻き起こった。1586年にアウクスブルクで発行され『新聞/日本島便り』は、日本のキリシタン大名の特使として到来した少年使節について「4人の方々は皆非常に聡明であり、主要深く尋常ならざる博識の持ち主である」と絶賛。彼らがローマ教皇グレゴリオ13世に謁見したこと、その後ナポリヴェネツィア、ミネラルのなどを歴訪したことなどを報道。紙面には彼等の似顔絵(姿絵)が掲載されました。

 

天正遣欧使節、慶長遣欧使節については、すでに数多くの研究の蓄積があります。

当時の史料については、東京大学史料編纂所編『大日本史料 第11編 別巻之1 天正遣欧使節関係史料』をはじめとした、『大日本史料』に収集、編纂されています。もちろん、各国の文書館にも残っており、それらの所在、内容を含めて近年研究がすすんでいます。

たとえば、以下のような研究があります。

伊川健二『世界史のなかの天正遣欧使節』(吉川弘文館、2017)

伊川健二「天正遣欧使節の史料学」(「WASEDA RILAS JOURNAL」 8、2020年 357-363頁 。

松田毅一監訳『16,7世紀イエズス会日本報告書』(第1期5巻、第2期3巻、第3期7巻)京都:同朋舎。1987-1998年)

小川仁『シピオーネ・アマーティ研究 慶長遣欧使節バロック期西欧の日本像』(臨川書店、2019年)

 

 このような訪日した宣教師による、日本人の訪欧についての報告だけでなく、それらをもとにした日本に関する研究書も刊行されていきます。

早いものには、ルツェルン市民であるレンヴァルト・ツイザード(Renwart Cysat, 1545-1614)による『真実の報告/新発見の日本の島々および諸王国について/その他のこれまで未知であったインドの諸地方について』(フリブール、1586年)があります。

参考

踊共二「白い肌のアジア人 -1586年ツィザードの『日本誌』(1586年)を読むー」(『武蔵大学人文学会雑誌』35巻4号、2004年、103-151頁。)

 

 やがてキリスト教の布教が禁止されると、オランダ商館長の報告書をはじめとしたオランダ商館関係者の書簡、記録、書類などが本国に送られましたが、これはまた別記事とします。